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商品番号M-056

1950年はフォーミュラ・ワン・ワールド・チャンピオンシップ、通称F1が開始された年である。フェラーリはその始まりの日より、ひときわ目立つ黒い立ち上がったウマのシンボル、イタリア語ではカッヴァリーノ・ランパンテ(Cavallino
Rampante/跳ね馬)を付けて、この自動車レースの最高峰に参加し続けている。そしていまや開催当時から参加し続けているチームはフェラーリだけになってしまっておりその記録も印象深い。1951年、F1開催から勝利を総なめにしていた、フェラーリのライヴァルと思われていたアルファロメオがF1競技からの撤退を決めた。ルールはその後改訂され、F2レーシングカーも参加可能となった(訳注:アルファロメオ撤退により、開催規定台数に足りないため、参加台数を稼ぐために規定変更。52年から53年までF1は2,000cc制限であり、F2の 2,000cc規定とかぶらせた)。幸運なことに、フェラーリは既にフェラーリ500 F2を開発していた。この新型車は軽量でコンパクトな設計で、更に新機軸を付け加えると今までに無い低重心にバランスの取れた重量配分、高性能のブレーキと高いトルクを備えていた。アウレリオ・ランプレーディの手による4気筒エンジンは実に185hpを搾り出した。これらの数々の特徴は、500 F2に類まれな運動性能とレスポンス性能を与えた。しかしそれだけではない。フェラーリ500 F2に乗るのは、特別才能に恵まれているとしか言いようの無いドライバー、アルベルト・アスカーリの存在。『フライング・ミラン(The flying Milan・空飛ぶミラノ人)』の2つ名は伊達ではなかった。
アスカーリはフェラーリ500 F2で1952年、53年と二度の世界チャンピオンの座を獲得している。他にもルイージ・ヴィロレッシ、ジョゼッペ"ニーノ"ファリーナ、ピエロ・タルッフィ、若い時のマイク・ホーソーンらが500
F2で勝利の走りを見せている。 車事実上この年、ほぼすべてのレースにおいて勝った、この伝説の車は『スーパーフェラーリ』と呼ばれるようになった。1954年のシーズン、メルセデスのレース復帰とマセラティの台頭という新たな挑戦にフェラーリは立ち向かっていた。しかし結局、この勝利の流れははかなくも終わりを告げた。一年後の1955年、アルベルト・アスカーリはモンツァのテスト走行中、事故によりこの世を去り、イタリア全土が深い悲しみに包まれた。
この全金属製のモデルは1953年の世界チャンピオンカー、フェラーリ500 F2に心から敬意を表するものである。1,463個のパーツを手作業で組立られており、正確なディティールと職人技と精密さが、手にする人の心の中で重要な一台となる理由である。エンジンフードを外せるだけではなく、パーツまで取り外す事が可能である。それと、時間があればで燃料タンクと滑油タンクのリベットの数が何本あるのか気になっている人もいるのではないか?CMCではそのような人のために実物同様に526本のリベットを打ってあると言う答えを用意してある。
| 実車諸元 |
| ●エンジン:4気筒直列 ●排気量:1,985cc ●最大出力:185hp/7,500rpm ●最高速度:265km/h ●全備重量:約560kg ●全長:3,988mm ●ホイールベース:2,160mm ●前輪懸架:ダブルウィッシュボーン ●後輪懸架:ド・ディオン式 |
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