商品番号 M-055

 1931年、アルファロメオとブガッティはメルセデスベンツにとって自動車レースにおける手強い相手となっていた。メルセデスベンツのレース車開発総責任者、フェルディナント・ポルシェ博士はその逞しい見た目と圧倒的なパワー、そして純白の塗装から『ホワイトエレファント』の名で知られていたSSKを軽量化することで彼らに対抗する事にした。そして安全性に問題が無い範囲で、フレームを含めありとあらゆる部品を穿孔肉抜き処理をした結果、125kg以上の軽量化に成功した。SSKはこの改良をもってSSKL(Super Sport Kurz Leicht/スーパー・スポーツ・ショート・ライトの意)となった。そしてこのSSKLという新しい武器を手に、レース部門責任者のアルフレート・ノイバウアーと極少数のスタッフは、彼らにとって最も困難な挑戦となる、1931年のミッレミリアに出場することとなった。

 1931年4月11日、午後3時20分:ルドルフ・カラツィオラと副ドライバーのヴィルヘルム・セバスチアンはカーナンバー87を付けてイタリアチームと対峙していた。彼らは当初は全く歯がたちそうに見なかった。1,635km(1,000マイル)のコースは、イタリア北部の町ブレシアからボローニャ、フィレンツェを抜けローマに至る。そこから中部アブルッチ州を横切り、アドリア海沿岸をアンコナに向かいそこからまたボローニャに方向を変えて、フェラーラ、トレビソに行き、最後にブレシアに戻る。

 翌4月12日午前7時22分。レース開始から16時間10分10秒が経過したブレシアで、勝者がゴールラインを踏んだ。平均速度は101.1km/hという大会新記録であり快挙だった。そして更に付け加えると、これはミッレミリア史上初のイタリア車ではない、イタリア人以外のドライバーによる勝利と言う、つまりメルセデスベンツSSKLを操るハンドルの巨神、ルドルフ・カラツィオラによる大快挙であった。時代は世界恐慌のさなかであり、メルセデスもレースチームに僅かな予算しかかけられない状況下だった。チームもコース中の給油所には人員をすべて配置は出来なかった。チームスタッフはカラツィオラが次の給油所に到着する前に先回りして給油作業にあたったのだ。

 CMC社はこの偉大なる勝利の75周年にあたる2006年を記念し、この不滅の名車の完璧なレプリカを発売する。

 長く広範にわたるリサーチの結果、CMCは1931年のミッレミリアの優勝時の車体を再現する為に重要な、詳細なディティールを確認できた。 CMCのモデルの精密なディティールははこれらリサーチの結果を反映している。全金属製でパーツ総数は1,885に及ぶ。
実車諸元
●エンジン:6気筒直列OHC ●過給器装備(必要時のみ動作) ●排気量:7,059cc ●最大出力:240hp/3,300 rpm(過給器なし)/300hp/3,300 rpm(過給器使用) ●最高速度:235km/h  ●ホイルベース:2,8950mm ●全長:4,250mm ●フロントトレッド:1,470mm リアトレッド:1,460mm
価格 \31,500(税込み)
仕様 1/18スケール ダイキャスト製完成モデル
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